パネリストご紹介

野田 真由美さん
「まゆりんの乳がん騒動記」管理人

プロフィール
1998年 乳がん手術 乳がんML「teddy bare」に参加
1999年 Webサイト 「まゆりんの乳がん騒動記」公開
    父の膵臓がん発見 「cancer mailing list」に参加
2001年 父を看取る 父の闘病記録「父さん ごめんね」を公開
    支えあう会「α」に参加
2002年 乳がんネット仲間5人「ちょっと集○会」で「地球交響曲第三番」自主上映会開催
2003年 「ちょっと集○会」として乳がんウェブリング立ち上げ
2007年 千葉県がんセンター患者相談支援センター相談員としてピアカウンセリング担当


このシンポジウムへの意気込み
 今回は、乳がん体験webサイトの運営と、患者会運営スタッフというこれまでの活動に加えて、都道府県がん診療拠点病院の患者相談支援センター相談員という未知の領域に足を踏み入れてしまった戸惑いも含めてお話できればと思います。

 1998年12月に乳がんの手術を受けましたが、納得のいく治療を選択できたのはふたつの情報のおかげでした。ひとつは、キャンサーネットジャパンが提供する乳がんに関するNIHの情報を翻訳した医療情報。もうひとつは、乳がん体験者の生の声、つまり体験者情報です。「乳がんホームページ」という体験者が立ち上げたサイトの掲示板で出会ったたくさんの患者仲間の励ましは大きな力になりました。このことから医療情報を手にしても、それだけでは足りないのではないかと考え、個人サイトを立ち上げ掲示板というコミュニケーションの場を提供してきました。最近では、管理人である私がほとんど登場することなく、訪問者が暖かい場を作り続けてくれています。

 2001年に、千葉県を中心に活動する支えあう会「α」の代表土橋律子さんと出会い、スタッフとして患者会活動を一緒にやらないかとお誘いを受けました。がんの部位を特定しておらず、患者と医療者の間に橋を架けたいという代表の理念に賛同し、一緒に活動させてもらい6年になります。

 患者会運営の一番の悩みは活動時間の確保が難しいことです。スタッフのそれぞれが仕事を持ちながらの活動ですので、必然的に休日や夜間などプライベートな時間を当てるしかありません。また、経済的問題も重要です。「α」は、千葉大学21世紀COEプログラム「持続可能な福祉社会に向けた公共研究拠点」において市民に開かれた場として設けられている千葉大学福祉環境交流センターを定例活動の場として使用させていただいていることや、賛助会員の方から期限付きで事務所として部屋をお借りしていますが、将来的には事務所の確保にかかる経費を捻出してゆかねばなりません。会費だけに頼る運営は厳しいのが現状です。

 乳がん体験を発端に、8年ほどWebサイト運営や、患者会活動を通して患者さんからさまざまなご相談をお受けすることも多く、いろいろな経験を重ねてきましたが、昨年、千葉県がんセンター長竜先生より、体験者を医療現場で実際に生かす試みを始めるので来ないかと声をかけていただきました。9月から「ほっとステーション」という小さなコーナーを病院内に作り、そこで体験者による相談業務が、がんセンターの業務のひとつとして始まりました。当初は、「患者会活動を院内でするのではないか?」、「ボランティアとして置けばよいのでは?」などの声も多々あったようですが、11月からは、患者相談支援センターのスタッフとして位置づけられました。

 しかしながら、無資格者を病院の相談員として配置することが危惧されるのは当然のことですので、4月からは、キャンサーネットジャパンが開講した、「がん情報ナビゲーター(NIC)認定資格」を取得するため勉強中です。バラバラなパズルのピースだった経験や体験が、少しずつひとつの絵になりはじめたような気がしています。個人サイトのコンテンツのひとつである掲示板やブログでの発言は、すべての管理・責任を私個人が負えばよいですが、支えあう会「α」での活動や、がんセンターでの仕事としての相談業務、がん情報ナビゲーター一期生としての責任は、私個人に留まらないことを常に意識していますが、相談業務のひとつとして院内で機能するにはまだまだ時間がかかりそうです。



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