上野創氏上野創氏(朝日新聞記者、「がんと向き合って」著者)

 僕ががんの告知を受けた6年前(97年)、周りにがんを経験した人はいなかった。睾丸にできたがんは肺全体に広がっていて、抗がん剤に命を預けることになった。不安だった。死ぬのは怖いけれど、何がどう不安なのかはとても説明できない。えたいの知れない感覚だった。それは、他人はもとより、自分自身にも分かってもらえないような孤独感につながっていた。

 抗がん剤の副作用の出方は人によってずいぶん違うが、僕は相性が悪い体らしかった。でも、激烈な吐き気、だるさなどの副作用を他人にうまく伝えることができない。それが孤独感に一層拍車をかけた。

 そんなとき、同じ病気を経験した男性から一通のメールが来た。*歳で発症、同じような抗がん剤の治療を受け、激しい副作用に苦しんだ末に退院。再発して再入院するも、また社会復帰を遂げた人だった。

 まさに、電話回線に乗って降ってきた希望の光だった。「この世に一人、僕のこの苦しさを分かってくれる人がいる」と思った。「副作用、大変ですよね」という言葉が、どれほど重みを持っていたことか。そして、再発まで経験しながら元気になった人が、いまこうして言葉をかけてくれているというリアルな事実が、大きな希望になった。

 そして、僕自身は2度の再発を喰らったものの、3度目、社会復帰を果たした今、同じがんを経験した友人が何人もいる。

 がんに限らず病気は心身ともにさまざまな苦しみをもたらす。その一つが「分かってもらえない」「自分だけがこんな思いをしている」という孤独感だと思うが、同じ経験をした人と話すことで、孤独が劇的に癒やされることがある。ときに特別な言葉のやりとりがなくても、共感してもらえたと感じ、元気が出てくる。こういうパワーは凄腕の医者や完璧なカウンセラーですらも持ち得ない。愛する人ですら、習得できるたぐいの力ではない。

 患者会は、僕が体験したような出会いをもたらしてくれる可能性を秘めている。最新の治療や医療機関などに関する情報が集まっている点はもちろん極めて大切だが、「元気をくれる源」という機能も同じくらい重要だろう。

 もちろん、患者会はバラ色ではない。同じ病気でも進行度の違いや治療効果の差が人間関係を悪化させる要因になりかねない。内部抗争が激しくなり分裂したり、カルト化したりする例もある。不安や悩みは時と共に変化するため、初心者患者とベテラン患者とで意識がズレてくることもある。

 それでも、患者会の潜在能力は大きい。ネット中心の団体があったり、国際規模の連帯になったり、さまざまな変化・進化を遂げながら、これからますます重要な社会資源になっていくだろう。ボランティアで運営する側は大変だが、定期的に金銭ではない報酬を得て続けていく人も多いと思う。ここでの報酬とは、「他人に必要としてもらう嬉しさ」、もしくは「自分のつらい経験が他人の役に立つことのありがたみ」である。

(本誌ページ10)

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