杉本健郎氏杉本健郎氏(社会福祉法人びわこ学園 重症心身障害児・者施設 第二びわこ学園 園長)

 20年前に6歳のわが子の腎臓提供をしました。脳死状態から人工呼吸器を止めて心停止後の移植でした。それから16年が経ち、同じ立場にいた者同士の自主独立した家族会が2000年に発足しました。それまでは移植医側のネットワークが名簿を管理していました。

 臓器提供のいきさつや家族の感情は異なりますし、患者本人が全員亡くなっているため、特異な家族会かも知れません。会の役目はおのずと「今後の移植」に意見を述べる立場となりますが、そこでも一致した意見はありません。統一見解があるとすれば、移植(生体や骨髄移植は別として)の陰には必ずドナーの死があることを「忘れるな」ということ。苦しみを耐えた家族の連帯感は貴重です。

 医師として30年。小児神経科専門医として患者会と関係を持ってきましたが、きっかけは、1996年から1年間のカナダ・トロント小児病院への留学体験です。そこで、本人の自己決定を基に支援する家族会を積極的に行政が作り、指導する姿を目の当たりにしたのです。

 立ち上げから関わる患者会に、アンジェルマン症候群の「エンジェルの会」があります。診断方法や遺伝学的な進歩に専門家である我々すら追いつけないことがありますが、この会での私の役目は、長期予後も含めた新しい知識を年に一度の会に反映することです。

 その他にも、環境改善にむけた実際的な支援があります。その一つに、脊髄性筋萎縮症の本人と家族への支援がありました。小学校入学時までに歩行が困難になる患者さんがいますが、本来なら幼児期から電動車椅子で友達と一緒に遊べるはずです。しかし、わが国の「慣例」では電動車椅子は6歳以降しか公的扶助がなく自費購入しにくい。そこで、親の会を中心に保健師や主治医の私が市福祉課と交渉の末、特例の形で3歳時に電動車椅子を公的支給させることに成功しました。

 もう少し踏み込んだ患者会との関わりもあります。日本てんかん協会・通称「波」の会です。我が国での抗てんかん剤の新薬認可はアジアで最も遅れましたが、その理由に新薬を生み出す臨床治験システムの問題があります。新薬が出ないということは、患者会にも治療にあたる医師にとっても大きな問題です。そこで私も参加して患者会の中に「創薬ボランティア委員会」を立ち上げ、治験の理解と創薬そのものに患者会が参画していこうとする画期的な運動を始めました。前途多難ですが、医者まかせではなく患者会がイニシアティブをとり、情報開示のもと患者自身が創薬に関わる活動です。

 患者会はそれぞれが持つ独自のニーズによって、運動の方針が随分と変わってきます。それをとりまく専門家や学術学会は、関連した患者会からさまざまに学び、支援していく姿勢が問われていくことになるでしょう。例えば私が所属する日本小児神経学会では、私が事務局を預かる社会活動広報委員会を中心にして、できる限りの専門的支援を今後も行っていくつもりです。

(本書ページ14)

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