佐藤律子氏 佐藤律子氏(いのちの語り手登録バンク」主宰、「種まく子供たち」・「空への手紙」編者)

 16歳だった息子の拓也が骨膜肉腫で逝ってから9ヶ月経った頃、機械音痴の私に代わり長女が掲示板を設定し、「星ふる伝言板」と命名してくれたときは嬉しかった。どんな宇宙との遭遇があるのだろうと期待し、ともかく、すべての宇宙を気持ちよくお迎えしようと思った。1998年6月から01年の大晦日までの3年半。たくさんの宇宙との一期一会があった。難病の子どもを抱えたお母さん、障害をもつ若い鍼灸師さん、短大生、お子さんを亡くしたお母さん、小・中・高等学校の生徒さん、先生たち等々…。

 掲示板を主宰する管理人として、結構プレッシャーもあったのだが―――柄にもない悩み相談〜それも大抵は十代の子どもたちのもの〜もした。他にも進路相談や受験の不安、恋愛相談、そして病気の子どもからの医療相談や骨髄バンク登録についての問題や疑問点なども。お子さんを亡くした方の悲しみの吐露、闘病中の方の病院情報に触れたことも遭った。多岐にわたる相談には常連さんたちがサポートしてくれた。

 掲示板というネットコミュニティは、患者会のような知識の専門性や、強い結びつきがない代わりに、誰でも自然体で気軽に参加できるという長所があり、そのことで、「星ふる伝言板」は比較的うまく作動していたと思う。

 ところが、この掲示板を閉じる大きなきっかけとなったことが起こった。星ふる伝言板に、末期の小児ガンと偽って参加した高校生がいた。違和感を感じる言動も少なからずあったのに、「まさか、こんな重大なことで嘘をつくはずがない」と、こころの底でうち消してしまった。この伝言板をあげて、彼女を応援した。中には忙しい時間をやりくりし、外泊中という彼女に会いプレゼントを渡した方もあったと聞く。ひとつ間違えば犯罪に結びつく可能性もあったことを思うと、冷や汗が出る。さいわい嘘に気づき本人に電話抗議をした。二度とこのようなことをしないでほしいと告げることで、この事件は終わった。そして、「星ふる伝言板」がくれた学びと出会いの大きさを思うとき、それに釣り合うだけの大きなリスクがあることを当然予想すべきだったと、重々反省した。

 それからしばらくして、私は「星ふる掲示板」の幕を下ろした。沢山の出会いに感謝しつつも、インターネット上で人が会うということに対するリスクを考え直すために・・・。

(本書ページ16)

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