西藤なるを氏西藤なるを氏(医療法人 西藤こどもクリニック理事長)

 筆者がインターネットを通じて患者とコミュニケーションを始めたのは「喘息デー」に参加をしたことに端を発する。これは、当時開設されていた喘息に特化した掲示板「オンラインぜんそく友の会」の管理人の呼びかけで始まったイベントだ。この掲示板も、患者と医療関係者が時間・距離・立場を越えて交流をする仮想の場であった。そして1993年9月、「ひとりで悩まないで!」をかけ声に「喘息デー」は始まった。現在は全国喘息患者会連絡会が中心となり、各地方でイベントを毎年9月に開催している。

 今日インターネットはめざましい普及を遂げ、多くの患者がそこから情報を得る時代となった。高度に専門的な医学情報すらネットで閲覧可能であり、主治医以外からも疾患について学ぶ事ができる。一方、同じ疾病を持つ患者が集い意見や医学的情報の交換がなされる支援サイトも存在するが、開設と同時に閉鎖も相次いでいるのだ。
 「喘息デー」の成功裏で、ネットを通じてさらに多くの患者が集い、奉仕活動の輪が一気に広がると私は信じていた。だが現実には、サイト主催者の願いが実現せずに閉鎖されるサイトも多々目撃してきた。この現象は、患者会活動が長期化にともない主宰者の負担増や活動のマンネリ化を起こす問題と酷似する。
 ネット支援は時と場所を選ばず誰でも始められる。だが敷居が低い分、その多くは短期的で部分的、個人的である。また、その効果は禁煙支援を除き現在明らかなものはない。すぐにでも活動は始まるが、意欲の衰退や体力の限界も人間である以上必ず起こり得る。ネットでは、主催者がコミュニティー運営に習熟する間もなく患者が押し寄せるため、実社会だと患者会に数年後に訪れる転機が短時間で起こるのだ。実社会に根付かない仮想空間のみの交流と情報交換だけでは、むしろ苛立ちや閉塞感を味わっているようだ。
 一方、インターネット創生期に始まった「喘息デー」には必ず実社会での集いがあった。乏しいインフラの中で、「やはり会ってみないと分からない」というアナログな心理があったのだろう。そして、多くの患者が自ら奉仕活動に参加したことが、今日のネットでの交流と大きく異なる。能動的な患者が孤独から解放された歓喜を「喘息デー」というイベントを通じて確かめ合い、電子掲示板はそのためのツールとして機能したのだ。
 良質な支援社会を生み出すには、自ら行動する患者が欠かせない。医療におけるネットの存在意義は、自ら行動する患者が参加型医療への変容を促すことである。ネットの豊富な情報量は否定しないが、それを求めて徘徊するだけの患者を作ってはいけない。自身が支援資源にも変われる患者をつくるべきなのだ。
 インターネットは患者を変え、患者はネットの力で医療を変えるかもしれない。患者と共に歩んできたコミュニティー主催者の真価が発揮されるのは今である。
(本書ページ20)

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